この北町で(229)― あの人この人
介護部屋が店舗に大変身
北町1丁目 松田 恭子思案の結果、調理師免許の活用を考えたのです。過去に神楽坂の某甘味店で培った経験を思い出し、それを生かすこととしました。娘は管理栄養士、息子はサラリーマンを退職し和菓子の専門学校で修行中(現在は和菓子店にて製造に携わっている)これらを総合判断すると口汚し程度の甘味と食事(釜めし)のできるお店をやろうという強い願望が沸いてきました。
私はもともと商人の娘で、その性とでもいうのでしょうか?飲食店をやることに不安は感じませんでした。むしろ自分の店を持つことに大きな夢があったのです。
一番の理解者である夫の協力を得て、善は急げと介護部屋のリフォームのデザインを考えました。業者を選定し工事が進捗するにつれ、段々と変化していく部屋の様子に感激し、やがて綺麗になった店舗に様変わり。
店舗の屋号は父の故郷(信州・高遠城址公園)の桜に関連した屋号としました。
お客様は比較的ご年配の方が多く来店され、ゆったり気楽に過ごして頂いています。なかに激動の時代を経験され90歳も超える女性のお話のなかで、その凛とした人生観や人生模様を聴きますと年輪の重みが心に響きます。
夏は「かき氷」も提供しているので比較的若い層の方が来店されています。その多くの方々がリピーターになってくれています。
また、親元から遠く離れ地方から出てきている女子大生から就活や恋愛相談をされたこともありました。“東京のお母さん”と慕ってくれるお嬢さんの愛おしさが嬉しく我が子のような思いがします。
最後に、お客様に叱咤激励されながらの毎日ですが、つくづく店をやって良かったなと思っています。開店して今年で5年目を迎え、今でも開店前後の様々な葛藤が脳裏に去来します。「美味しかったわ。また来ます」というお客様の声掛けに益々頑張ろうと力が入ります。
さくら